2013年10月26日土曜日

平家、海の藻屑となる

平家、海の藻屑となる

 平家物語、那須与一が扇の的を射切った場面に引き続いて、ひとりの男が与一に射殺される。この段は、教科書には載らないだろう。
 那須与一の快挙に、源平双方とも喝采の声を上げる。戦場は、与一の快挙に酔いしれる。そんなとき、平家のひとりの男が、感極まって船の上で踊りだした。与一は、その男を射殺したのである。戦場は、冷水を浴びせかけられたように、シーンとする。
 何もそこまですることはないではないか、ひどすぎる、と平家方の人々は思っただろう。何か恐怖のようなものを感じた人もいるだろう。俺たちは、もうおしまいなのではないか、と考えた人もいるだろう。
 京都に入り、天下を手中に収めた平家の人々は、貴族たちが愛好する雅の世界にすっかり魅せられてしまった。こんな素晴らしい世界があったのかと夢中になり、自分たちが武士であることを忘れてしまった。貴族になりたい、貴族になりたいと願うようになった。そんな時、東国で源氏の生き残りの頼朝や義経が旗揚げすると、もう対抗する力もなくなっていたのである。
 自分たちが武士であることを忘れ、命をやり取りする場である戦場においてさえ雅を持ち込もうとした平家が滅び去っていくのは当然であると言えよう。那須与一に射殺された哀れな男は、そんな平家の運命を象徴しているのである。

 自分の本分を忘れたとき、そこから転落が始まるのかもしれない。心理学者を自称する者が、その仕事において、芸術に興味・関心を示すとはどういうことなのだろう。心理学者なる者が芸術を分析してやろうとするとき、芸術は天岩戸のようなところに隠れてしまう。芸術は、その心理学者なる者の前に、二度とその姿を現すことはない。芸術を鑑賞し、享受し、創作し、というようなことは、こいつらにとっては手の届かないところにあるのである。

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